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「◯◯のある風景」エッセイ応募作品

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エッセイ応募作品

はじめて彼の姿を見たのは
親元を離れ、一人暮らしをすることになったアパートのベランダだった。
実家は一軒家だったから、こういう集合住宅ははじめてだ。
小さな1K。
入り口を入ればすぐにキッチンとバス、トイレ。
その奥に6畳のフローリングの部屋。
まだ見慣れぬ部屋の窓から、外の景色を確かめてみようとベランダに出る。
前の通りの人の流れをしばらく眺め、部屋に戻ろうとしたとき、
私は彼の存在に気づいた。

最初の印象は「白い」だった。
色白とでもいうのだろうか、乳白色の肌。
ただ静かにそこにいるだけなのにも関わらず、
不思議と存在感のある佇まい。
「いざというときは、ここに来てね」と、その顔は伝えていた。
不思議な彼。
親元を離れたことで、こんな出会いもあるのか。
そんな思いを胸に、私は部屋に戻った。

はじめての一人暮らしはそれなりに充実していた。
仕事に遊びに、自分でやる家事のこと。
新しい刺激の連続に、
ベランダで出会った彼の存在はいつしか私の中で薄くなっていた。
そんなある日のことである。
仕事から帰ってきた私は、お茶でも飲もうとヤカンを火にかけて
湯が沸くまでのほんの少しの間ちょっとだけ休もうと、ソファーに身を投げ出した。

後から考えれば、それが良くなかった。

新しい生活。充実した日々。
気づかないうちに疲れがたまっていたらしい。
ソファーに転がって一つ息を吐いた私は、あっという間に夢の中へと引きずりこまれていた。

キュイーッ! キュイーッ! 火災発生! 火災発生!

眠りをぶち破る、けたたましい音。
目を覚ました私が見たものは、いつの間にか部屋に漂っている白い煙。
そしてキッチンがある方を見れば……
赤々とした炎がまるで生き物のようにコンロから立ち上がり、
天井を舐めるようにして広がりはじめていた。

頭の奥がきゅっと絞られるような感覚。
血の気が引く。鼓動が跳ね上がる。指先が凍え、身体が震える。
棒立ちになった私の思考を引き戻したのは、
ドンドンドン!という、外からドアを叩く音だった。
ドアが開けられ、大家さんが顔を出す。
「おーい! 大丈夫かっ?!」
逃げなければ!!
しかし火の手は玄関に向かう途中のキッチンから上がっている。
大家さんの方に行きたいと思うのに行けない。

そのとき私は思い出した。
ベランダで見た彼の存在を。
「いざというときは、ここに来てね」
それは、今だ!

玄関に背を向けて窓に向かう。
震える手で鍵を開け、ベランダに飛び出す。
彼は……はじめて出会ったあの時と同じようにそこに佇んでいた。
「非常の際には、ここを破って隣戸へ避難できます」

さあ、今こそ蹴破るのだ!
ベランダに静かに佇む、色白の彼を!!

 

イザというときのシチュエーションに

こちらの作品(?)は【オモシロ消防訓練屋】さんが募集していた
イザというとき、ベランダの仕切板を蹴破ってみるシチュエーション。
「仕切り板のある風景」エッセイ募集】に応募するためのものである。

ライターとして、自分の作品で1つや2つどこかに応募してみるのも悪くない。
そう思って書いてみたものだ。
しかし、やはり書いてみると色々と分かってくることもある。
今回分かったことは……
これはエッセイではない。SS(ショートストーリ)だ。
まあいい。応募はしてこよう。
以上。


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